RARA Perspective

#2

地球も人も守りたい── 気候変動×生物多様性の 知られざる関係を解き明かす

総合科学技術研究機構 教授

長谷川 知子

2025 / 03 / 31

気候変動と生物多様性。一見別々の課題のように思えるこれらの問題が密接に関連し、影響を及ぼし合うことは、まだ十分に理解されていないかもしれません。気候変動対策が生態系や食料生産に与える影響とは?その解決策とは?複雑に絡み合う地球規模の問題を、長谷川フェローのナビゲートで探ります。

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about Tomoko Hasegawa

RESEARCH THEME

気候変動緩和と生物多様性保全の両立に向けた道筋の提示

Activity & Vision

気候変動緩和と生物多様性保全の両立を目指し、統合評価モデルを活用して両問題の相互作用を解明、世界的な課題解決に取り組んでいます。人口増加に伴う食料需要や陸域資源の複雑な相関を統合的に分析し、持続可能な未来像を提示。人類と地球に健康で持続可能な未来を提案することを目指しています。

Profile

2011年に京都大学大学院工学研究科にて博士課程修了(博士(工学))。2011年より国立環境研究所にて日本学術振興会特別研究員(PD) 、特別研究員、テーマ型任期付き研究員を経て、2019年より立命館大学 理工学部 環境都市工学科 准教授。2024年より現職立命館大学 総合科学技術研究機構 教授。2019~2023年IPCC第6次評価報告書 第3次作業部会の代表執筆者を務める。

Contents

Q1 そもそも気候変動はなぜ世界的な課題になっているのでしょうか。

Q2 温室効果ガスの排出を減らすために、どのような対策があるでしょうか。

Q3 気候変動への対策により引き起こされる副次的な影響について教えてください。

Q4 地球環境にまつわる様々な問題を解決していくために、各アクターはどのようなアクションを起こしていけばよいのでしょうか。

Q5 最近の国際的な研究活動について教えてください。

Q1

そもそも気候変動はなぜ世界的な課題になっているの でしょうか。

近年の気温上昇は、人間活動による温室効果ガス (二酸化炭素(CO₂) やメタンなど)の増加が主因とされています。産業革命以降、人為起源の温室効果ガスの排出量は継続的に増加し、「全大気」のCO₂の月別平均濃度は2015 年、400ppm(ppm は濃度の単位で100万分の1 を示す)に達しました(国立環境研究所「GOSAT プロジェクト」の「月別二酸化炭素の全大気平均濃度速報値」)。

その結果として、地球の平均気温は産業革命前と比較してすでに 1.1 ℃上昇しています(IPCC第6 次報告書, 2021) 。

世界の年平均気温は、様々な変動を繰り返しながら、長期的に上昇。特に1990 年代半ば以降、高温となる年が多い。

この気候変動は、農作物生産、水資源、生態系、熱中症をはじめとした人間の健康など、 様々な分野に影響をもたらす可能性が示されています。なかでも、南極やグリーンランドの氷床の融解、海面上昇、生物種の絶減などは一度起きてしまうともとに戻すことができないため、回避しなければならない影響と言われています。

また、気候変動は私たちの生活にも多くの影響をもたらすとされていて、 例えば、沿岸地域に住む人々が洪水などの災害や土地喪失のリスクにさらされる可能性がありますし、私たちの食料である農作物の収量低下を引き起こす可能性も指摘されています。

Q2

温室効果ガスの排出を減らすために、どのような対策があるでしょうか。

 

世界全体の温室効果ガス排出の約4 分の3 はエネルギーに関連する部門から排出されています。そのため、これらの分野での削減が重要になります。特に、エネルギージステムの変革がカギを握るといえます。

例えば、エネルギーの生産側では、低炭素発電、すなわち、再生可能エネルギーやCCS (CO₂ を分離・回収し、貯留する技術)と組み合わせた、化石燃料などからの炭素を排出しない発電に移行していくことが 求められます。他方、エネルギーを使う側では、生産されたクリーンな電気を利用する ために「電化」を進めることと、エネルギー消費量を減らすことが求められます。

消費側で電化を進め、供給側では発電を脱炭素化していくというこの2 つの組み合わせによりエネルギー由来の排出を大幅に削減することができるということです。 クリーンな電気を作っていても、それを使わず、大部分がガソリンや都市ガスを使っているのでは排出は減らせないので、エネルギーを使う側でも技術・製品の選択が重要になります。

世界全体の温室効果ガス排出の残りの約4 分の1 は農業・土地利用分野から排出されます。これらの削減には、土地の開発や森林伐採を減らし、食事内容の見直し、農業由来の排出削減などの対応が挙げられます。農業由来の排出や土地開拓の大きな要因となっているのが食料生産、特に畜産です。そのため、食肉消費の割合を減らし、作物を中心とした食事への移行などが重要になります。

国立研究開発法人 国立環境研究所 気候変動情報プラットフォームより

Q3

気候変動への対策により引き起こされる副次的な影響について教えてください。

 

最近の研究で、気候変動対策そのものが意図せず引き起こす影響を明らかにしました。もともと気候変動と食料の関係についての研究は、気候変動が作物の成長にどのような影響があるのかを評価するのが主流でしたが、私は気候変動対策そのものがどのような影響を与えるかに関心を持ちました。実際にシミュレーションを行い評価してみると、意図しない影響が見えてきたのです。

こちらのグラフでは、将来の社会経済の状況が将来の飢餓リスクにどのように影響するのかを、人口増加や経済発展レベルの違いを考慮してシミュレーションしています。将来の人口増加が抑制され、経済が強く発展する場合(SSP1 ,緑の線グラフを参照)、飢餓リスクに直面する人口はより減少することが示されています。

一方、こちらのグラフは、気候変動が進行した場合と対策を講じた場合、それぞれの影響を比較しています。右のグラフでは、温暖化が進むと作物の収量が減少し、1 人あたりの食料消費カロリーが減る様子が示 されています。この減少幅は、気候変動対策を講じた場合にさらに大きくなる可能性があります。植林やバイオエネルギー作物の生産が増えることにより、食料生産のための用地を奪うためです。

具体的には、気候変動対策を強く進めた場合、世界全体で飢餓リスク状態にある人口が1 億人程度増加する可能性があるというシミュレーション結果を得ました。 もちろん、対策は進めていくべきですが、それがもたらす影響についても考慮した適切な対策を設計し講じる必要があるのです。

Q4

地球環境にまつわる様々な問題を解決していくために、各アクターはどのようなアクションを起こしていけばよいのでしょうか。

 

地球環境の問題を統合的に解決するためには、 個別の課題や一つの目標だけに閉じることなく、全体を見渡す視点が必要です。 気候変動、生物多様性の喪失、食料生産、エネルギー利用などの課題はそれぞれが独立しているわけではなく、土地利用や資源の競合を通じて密接に結びついています。 分野横断的な視点で問題を統合的に捉えた対策づくりが重要です。

これまでグローバルな気候変動研究では、世界全体の排出目標や排出削減の道筋を示すということが主な役割でしたが、多くの国・地方自治体・企業が削減目標を掲げて動き始めている今、グローバルな視点だけでなく、国や地域ごとに異なる条件や課題を細かく反映した対策の提案が求められます。そのためには、地域の研究者や政策立案者と協力し、現地に即した実現可能な提案を行うことが必要です。

地球環境にまつわる多様な問題を解決するためには、政府や企業、市民一人ひとりの具体的な行動が重要です。

私自身は、科学者として、政策立案や市民の行動変容を後押しする役割を果たしたいと考えています。

 

今世紀末には地球人口は100 億人程度になると予想されています。 100 億人の食料需要を満たしながら、生物多様性の損失と気候変動の地球環境の2 大問題をいずれも解決する将来像を提示するビジョンを描いています。

これからの研究では、人間社会・生態系・土地にかかわる複数分野のモデルを組み合わせ、地球の人間・社会経済的な側面と物理生物的な現象を一体的に扱う、地球環境統合シミュレーションモデルを開発します。このモデルの開発により、将来2大問題を超え、より広範な地球環境問題の解決に役立つものと考えています。

Q5

最近の国際的な研究活動について教えてください。

 

科学的な成果を政策に反映するためには、国際的な協調が不可欠です。国際会議などの場では、異なる背景を持つ研究者が集まり、それぞれの地域や分野の課題を持ち寄ります。こうした場での議論を通じて、現実的かつ効果的な解決策を共有し、各国の政策に落とし込んでいきます。

研究者は学問分野の枠を越えて協働し、また政策決定者や一般市民との対話を深めることが重要です。私たちは、科学の力で多面的な視点を提供し、持続可能な未来を描くために貢献していくべきだと考えています。

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