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RARA Newsletter vol.7 (転載)

2024 / 08 / 30

2024 / 08 / 30

RARA Newsletter vol.7

ペロブスカイト太陽電池研究で注目。脱炭素化のために、専門家としてできること

──峯元高志フェローインタビュー

 

(2024年8月に登録者にメールでお届けしたNewsletterを転載したものです。Newsletterへの配信登録はこちらから

 

残暑の候となりましたが、今年は観測史上最も暑かった昨年に匹敵する暑さと言われております。みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。

立命館先進研究アカデミー(RARA)より、Newsletter vol.7をお届けいたします。

「次世代研究大学」を掲げる立命館大学では、さらなる研究高度化を牽引する仕掛けとして2021年にRARAを設立。大学の中核を担う研究者たちを「RARAフェロー」として、またRARAフェローへのステップアップに向けて実績を積み重ねる「RARAアソシエイトフェロー」として任命し、研究活動と成果発信を進めています。

 

 

急速に注目度が高まる「ペロブスカイト太陽電池」の実用化にチャレンジ

 

今回のNewsletterでは、照りつける太陽をエネルギーに変換する太陽電池の研究に取り組む、RARAフェローの峯元高志・理工学部教授のインタビューをお届けします。

 

 

峯元フェローの研究テーマは「軽量でフレキシブルなペロブスカイト太陽電池の実用化に向けて」。

脱炭素社会の実現のため、再生可能エネルギーの進化・拡大は必要不可欠です。なかでも太陽光発電はその代表格であり、その進化と発展が期待されています。しかし、平地の少ない日本では、太陽光発電の設備を設置する土地の制約があります。

そこで現在、注目を集めているのが、峯元フェローが研究対象としている「ペロブスカイト太陽電池」です。ペロブスカイト太陽電池は「塗って乾かす」だけで簡単につくることができ、印刷も可能。軽量・柔軟で、従来難しかった壁面や車などの曲面にも設置できる可能性があるため、再生エネルギーの導入を拡大できる有力な選択肢として期待されています。

政府もその開発に力を入れ、企業の研究開発や実証実験、資金調達も盛んです。早期実用化を後押しするため、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金で社会実装に向けて大型助成がなされています。ここ最近はペロブスカイト太陽電池の関連ニュースが連日配信されており、ホットトピックとなっています。

 

 

ベンチャーの起業やYouTube発信、他大学の研究者ともコラボ

 

峯元フェローは太陽光発電や再エネに関する企業の研究開発や新ビジネス構築を、第一線で活躍する現役大学教授ら研究者が支援する「スカラーズ株式会社」を立命館大学発ベンチャーとして起業し、自ら代表取締役を務めています。

また「太陽光発電大学」と題したYouTubeを4年間にわたり運営し、太陽光発電の最新研究やビジネス、未来について、全国各地の研究者とコラボレーションしながら解説する動画を展開しています。

 

峯元フェローが運営するYouTubeチャンネル「PVU -PhotoVoltaics University−太陽光発電大学」。人気の解説動画は約5万の再生回数がある。

 

急激な盛り上がりをみせるペロブスカイト太陽電池とは、これまでの太陽電池と一体何が異なり、どのような可能性を秘めているのでしょうか。峯元フェローの太陽電池に関する研究活動や発信活動にかける思い、原動力とは──。

 

(以下、峯元フェローの話からライターが構成しました)

 

 

研究では先行したものの、生産・ビジネスで中国に圧倒されている結晶シリコン、劣化の問題を解決できなかったアモルファスシリコン

 

そもそもなぜ今、ペロブスカイト太陽電池が盛り上がっているのでしょうか。その背景と経緯をお伝えします。

現在の太陽電池の主流は「結晶シリコン」の太陽電池です。元々日本は結晶シリコンの高性能化の技術を持っていたのですが、中国が国を上げて大量かつ安価に作り始めたのです。欧州で誕生した太陽電池モジュール製造システム(ターンキーシステム)の導入を契機に、中国は大量生産を加速させていきました。

最初はターンキーシステムに頼っていたかもしれませんが、中国はそのうち技術力を上げてきて、国策として高性能化を進め、さらに国からの補助で安く製造できるようになった結果、結晶シリコンの太陽電池の製造にかけては中国が圧倒的に強くなっていきました。

日本は結晶シリコンの研究では先行していたのですが、製造・ビジネスにおいては中国が一強になってしまったという悔しい現実があります。

日本では、厚みが大体0.2ミリ程度の結晶シリコンに替わるものとして、その100分の1と格段に薄い、2ミクロン程度の薄膜シリコン「アモルファスシリコン」の太陽電池の研究に注力していました。アモルファスシリコンはシリコンの量が少なくて済み、しかもフレキシブルで、軽い基板も使えるためすごく期待されていました。

ただアモルファスシリコンはどうしても光劣化するという問題があり、劣化抑止に関する様々な研究が行われましたが、結局、完全な解決には至りませんでした。ただ、アモルファスシリコンの技術と結晶シリコンの技術を組み合わせることで性能の良い結晶シリコンができるということで、有益な研究ではありました。

 

 

太陽電池研究で名高い濱川圭弘教授・髙倉秀行教授のもとへ

 

アモルファスシリコン太陽電池の研究を主導した大阪大学の濱川圭弘教授(基礎工学部)が立命館大学理工学部光工学科の教授に移られました。私は濱川教授・髙倉秀行教授の研究室に入ったことをきっかけに、現在主流の結晶シリコンではなく、もっと新しい太陽電池を手がけたいと志しました。濱川教授はその後学校法人立命館副総長、立命館大学副学長、立命館大学総長顧問を歴任され、太陽光発電研究の世界的な第一人者として知られています。

その後、アモルファスシリコンより新しい「CIS太陽電池」という、銅(Copper)、インジウム (Indium)、セレン(Selenium)の頭文字をとった、薄く高性能の太陽電池に取り組みました。CISは劣化しにくく、結晶シリコンに置き換わるかもしれないと言われ、パナソニックや昭和シェル石油などの企業も取り組んできました。

立命館でも昭和シェル石油と一緒に研究し、高性能の薄膜型の太陽電池の研究開発を手がけました。私はデバイスシミュレーションや理論設計、太陽電池の性能の測定などの研究を今に至るまで行っています。

 

 

有機材料と無機材料を融合「ペロブスカイト太陽電池」

 

そうこうしているうちに、塗って乾かすだけでできる太陽電池光吸収層としてペロブスカイト太陽電池が急激に注目され始めました。

ペロブスカイト太陽電池とは、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授(東京大学先端科学技術研究センター・フェロー)が発見した、無機元素と有機材料を用いたハイブリッド構造の太陽電池です。現在では変換効率が26%を超えるという報告もあり、近年最も伸び率が高い太陽電池だと言われています。

 

ペロブスカイトの構造。AにはCH3NH3などの有機材料が入り、BにはPb, Snなど、XにはI, Brなどが入ります。

 

ペロブスカイト太陽電池の構造。ガラス基板から光を入射するsuperstrate構造になっています。

 

当時の学会では、有機材料と無機材料を融合させた太陽電池で、どうしてこんなに塗布で低温で作れるのに高効率なのかという疑問が出ていました。従来の無機材料(シリコンやCISなど)にはない特別な物理機構があるのでは、と囁かれることもありましたが、私はずっとCISのような無機材料の太陽電池のデバイスシミュレーションをしてきたので、シミュレーションで説明できると考え、ペロブスカイトの研究を始めました。

有機薄膜や有機材料の太陽電池など、化学の研究者がペロブスカイト太陽電池に転向するケースが多いのですが、私は結晶シリコンやCIS太陽電池など、無機的な作り方の太陽電池を手がけてきました。実用化している太陽電池自体の動作やデバイスシミュレーションを行ってきた立場としてペロブスカイトの研究を始めたのが2014年です。

 

 

NEDOのグリーンイノベーション基金に採択、劣化のメカニズムを研究

 

その後、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで、ペロブスカイトの有機や化学専門のチームに無機材料の太陽電池に詳しい専門家として参加させていただき、ペロブスカイトの高効率化設計に携わりました。

高効率化設計ができるということは動作メカニズムがわかるということなので、次は実用化の鍵となる劣化のメカニズムを明らかにできると考え、シミュレーション、屋外実証評価、加速試験について、NEDOのグリーンイノベーション基金(GI基金)を受けて取り組むことになりました。GI基金に直接委託で採択されている大学は東京大学、京都大学と、我々立命館大学だけです。

 

ペロブスカイト太陽電池のスピンコートによる作製(左)、できたペロブスカイト膜(中)、結晶シリコン太陽電池の発熱解析(右)

 

私たちはペロブスカイト太陽電池の作製というよりは、太陽電池の専門家として、設計や性能評価を手がけてきました。ペロブスカイトの太陽電池は研究室レベルでは高性能だと言われていますが、劣化の問題があります。GI基金では、劣化のメカニズムを理解したり、劣化を予測したり、抑制する方法を探ったりしています。

 

 

ビルの壁面に貼り付けられる、薄くて軽いメイド・イン・ジャパンの太陽電池が実現?

 

なぜペロブスカイト太陽電池がここまで期待されているかについて説明します。

国内において、太陽電池による発電量の半分ぐらいがいわゆるメガソーラーです。広大な土地に大量の結晶シリコンの太陽電池を置いて発電するという方法です。比較的頑丈で重さにも耐えられる住宅の屋根に結晶シリコンの太陽電池を置いて発電しているのが1割程度。残りはメガソーラーより小さめの太陽電池の発電所によるものです。

 

 

つまり国内の太陽電池のほとんどが結晶シリコンで、平たくて重さに耐えられるところに設置しているということです。

結晶シリコンの太陽電池のパネルは重く、1㎡あたり11kgぐらいの重量があるのです。逆に言うと、重さに耐えられないところには置けません。例えば工場の屋根でよく見られる、金属の板を折り曲げたような折板屋根は、耐荷重が十分ではない可能性があり、より軽い太陽電池が求められています。

また、もう一つの難点として、電力を生むメガソーラーなど太陽電池の発電所と実際に電力需要のある土地が離れているという問題もあります。電力の需要地と供給地を一体にする、つまり「需給一体」がいいと言われてはいるのですが、例えば多くの電力を消費する都市部の高層ビルにおいては、屋上での発電では発電量が限られていますので、壁に太陽電池を取り付けるのがいいということになります。

薄くて軽いペロブスカイトを使えば、従来の結晶シリコンでは難しい壁面などに貼り付けられるような太陽電池が実現できるということで、これからの太陽電池として注目されているのです。

研究室レベルでは結晶シリコンと同レベルの発電効率で、現在のところ当然ながら製造コストは高いのですが、液体を塗るだけで製造できるため、今後もしかしたら結晶シリコンと同等か、より安価に製造できるのではないかとも言われています。

結晶シリコンに代わる、未来の太陽電池を日本の研究と日本の技術で実現できるかもしれない。さらに主な原料となるヨウ素も日本で製造できるので、メイド・イン・ジャパンの太陽電池を実現し、国内の電力供給を補うほか、世界にも広げていきたいと、政府や行政機関も力を入れて後押ししているのです。

 

 

性能を落とさずに耐久性も落とさない方法を見つけ、実用化に繋げたい

 

私は太陽電池の専門家として、ペロブスカイトだけにこだわっているというわけではありませんが、とても大切な技術だと思うのでその課題を改善し、うまく広めて、うまく使っていただくことに貢献したいと思っています。

かつてアモルファスシリコンがものすごく期待されて、国も資金も大量に投下したのですが、劣化の問題を解決できないまま、大々的な実用化には繋がっていません。今のペロブスカイト太陽電池についても太陽電池の開発者や専門家以上に、周囲のプレーヤーが盛り上がっていて、当時と同様のフィーバーを思い出すという声をよく聞きます。

やはり現在のペロブスカイトの課題である、性能を落とさずに耐久性も落とさない方法を見つけて実用化までしっかり繋げていかないといけない。そのためにも、我々研究者・専門家の知見を広く役立てていかないといけないと思っています。

太陽光発電については既存の結晶シリコンに関する安全性や信頼性を高め、不具合や危険を回避できるための研究も重要です。

例えば太陽電池では葉っぱが一部に落ちるなど、部分的に影がかかるとそこが発熱するという現象が起こることがあります。特定の条件では発熱が大きくなることが有りえますので、新しい太陽電池の発熱メカニズムやその回避方法に関する研究も進めています。また、太陽光発電の専門家として太陽電池のリユース・リサイクルについても研究・発信していきます。

 

 

「視野を広げ、太陽光発電の裾野を広げたい」ベンチャー起業やYouTube発信の原動力

 

スカラーズ株式会社では、中小企業を中心とした企業の方々が何か太陽光発電に関する新しいビジネスをしたいという時に、より有益なビジネスになるよう、また落とし穴にハマらないよう、技術の目利きをしたり、一緒に開発したり、コンサルティングという形で知識面でのお手伝いをしたりしています。他の大学の太陽光発電の研究者仲間のみなさんにもチームに入ってもらっています。

 

スカラーズ株式会社ホームページ。立命館大学発ベンチャーとして峯元フェローが起業、代表取締役を務める。

 

大学の研究者として携わっているプロジェクトでは、政府や大企業の方と関わることが多いのですが、太陽光発電の裾野を広げてビジネスに実装していくためにも、自分自身の視野を広げていくためにも、中小企業の方々との関わりは重要だと感じています。

YouTubeには太陽光発電についての様々なチャンネルがありますが、「太陽光発電大学」では、太陽光発電のプロによる、深く専門的な話を展開しています。若手の研究者や企業の研究開発者やマネジメントの方々に正しく、深い情報をお伝えしたいという思いで発信しています。

 

YouTubeチャンネル「PVU -PhotoVoltaics University−太陽光発電大学」で広島大学の尾坂格教授を招いて解説。

 

今後、太陽電池がビルの壁や車、道路など、様々な場所に貼り付けられるようになり、様々な場面で活用できるようになるには、太陽電池以外の専門職の方々と一緒に取り組んでいく必要があります。太陽電池について詳しく知りたい異分野の方々にもご覧いただいて、太陽電池の裾野を広げたいと思っています。

また、私自身、他大学の先生方とも最先端の研究について話したことを記録しておきたいと思っています。学会に行くと「YouTube、よく見ています」と言われることもありますね。

 

 

「太陽電池といえば立命館」を目指して、持続可能な社会のために力を尽くす

 

私のビジョンとしては、太陽電池の専門家として、今後太陽光発電がどんどん社会に浸透し、私たちの身近なところにやってくることを目指しています。

ペロブスカイト太陽電池は盛り上がっているところですが、太陽電池についてはこれからいろんな課題や不具合が出てくると思います。そういったことも含めて、太陽光発電を社会でうまく利用して、サステナブルに回していくことにも取り組んでいきます。幅広く「太陽電池といえば立命館」と言われるような活動をしていきたいと思っています。

人間が今まで掘り出して使ってきて、大気中に撒き散らしてしまったCO2を、最終的には今から何百年かけて元に戻して、地球を元の状態に戻さないといけない。これは自分の意志であり、人類の意志であり、きっと、地球の意志だと思っています。その一つの手段が太陽光発電であり、その進化や発展のため、力を尽くしていきます。

RARAとしても太陽電池だけではなく、エネルギー貯蔵(蓄電池、水素など)の専門の先生と協力していくなど、脱炭素化に貢献するような動きをしていきたいです。

(2024年8月22日配信)


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