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RARA Newsletter vol.10(転載) 難分解性化学物質「PFAS」の分解に成功した瞬間と、社会貢献への強い思い──RARAアソシエイトフェロー・小林洋一教授インタビュー
2024 / 12 / 09
2024 / 12 / 09
RARA Newsletter vol.10
難分解性化学物質「PFAS」の分解に成功した瞬間と、社会貢献への強い思い──RARAアソシエイトフェロー・小林洋一教授インタビュー
(2024年12月に登録者にメールでお届けしたNewsletterを転載したものです。Newsletterへの配信登録はこちらから)
暦の上では秋も暮れる頃となりました。みなさま、お障りなくお過ごしでしょうか。
立命館先進研究アカデミー(RARA)より、Newsletter vol.10をお届けいたします。
「次世代研究大学」を掲げる立命館大学では、さらなる研究高度化を牽引する制度として2021年にRARAを設立。大学の中核を担う研究者たちを「RARAフェロー」に、RARAフェローへのステップアップに向けて実績を積み重ねる研究者たちを「RARAアソシエイトフェロー」に任命し、研究活動と成果発信を進めています。
難分解性化学物質「PFAS」を光化学反応で循環資源に変える
今回のNewsletterでは、RARAアソシエイトフェローの小林洋一・生命科学部教授のインタビューをお届けします。
小林アソシエイトフェローは、光を活用した機能材料の研究を専門としています。特に、難分解性化学物質である「PFAS」(フッ素炭化水素化合物)の分解を光によって実現することを目指しており、リサイクル技術の進展などに寄与し、環境保護に貢献する可能性を秘めている研究として注目を集めています。
PFASは、有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称です。撥水・撥油性にすぐれ、フライパンなどのフッ素加工剤、食品包装紙、防水・防汚スプレー、半導体の表面処理剤など工業製品から日用製品まで幅広く使われ、私たちの生活に欠かせない化合物となっています。
一方でPFASはきわめて分解しづらく、また水質汚染や環境問題を引き起こすため、その分解方法を確立することは、持続可能な社会の実現に向けた重要なステップとなります。
「滋賀テックプラングランプリ」で受賞、実用化へ前進
今年7月に開かれた「第9回滋賀テックプラングランプリ」にて、小林アソシエイトフェローのチームが「難分解性化学物質を循環資源に変える温和な光化学反応の実現」をテーマに最優秀賞他2賞を受賞。実用化に向けた重要な一歩であると評価されています。
小林アソシエイトフェローの研究活動の原動力とは。光による難分解性物質の分解が実現した瞬間とは──。小林アソシエイトフェローに話を聞きました。
(以下、小林アソシエイトフェローの話からライターが構成しました)
複数の光を用いることで、温和な条件でも難分解性物質の分解・リサイクルが可能に
私は、光を使った機能材料の研究を行っており、特に通常では分解が難しい物質、いわゆる難分解性物質、特にフッ素炭化水素化合物であるPFASの分解を目指しています。
私たちは化学合成によって作られたナノメートルサイズの微結晶「半導体ナノ結晶」という材料を用いており、これに複数の光を照射することで、温和な条件でも非常に高い反応性を持つ還元物質を生成する技術をもっています。この技術を活用し、難分解性物質を分解する研究を進めています。
PFASは小さな分子ですが、国内外で水質汚染や海水汚染などの深刻な問題となっており、除去するためにはフィルターの整備が必要です。分解するには非常に高い温度や圧力が必要とされるため、技術的に難易度が高いものです。フッ素を含む材料は非常に多くの分野で使われています。例えば、テフロンのフライパンや車のボディー、電池にも使われており、これらの分解も難しいという課題があります。
私の研究を通じて、温和な条件でフッ素系材料を分解できる技術が確立されれば、リサイクル技術の発展につながると考えています。
また現在、フッ素の原料はほぼすべてを外国に依存していますので、日本国内でのフッ素のリサイクルが実現すれば、フッ素の自給率を高め、国内の豊かな循環型社会を支える技術になると考えています。
「分光分析技術」を活用し、複雑なメカニズムを解明
私の研究の特徴は、半導体などの無機物を基盤としながら、無機物と有機物の複合材料を取り扱う点にあります。また複合材料に光を照射した際の反応は非常に複雑ですが、分光学的な分析技術を用いてそのメカニズムを追究し、解明していく点が私の研究の独自性であると考えています。
有機物と無機物の複合材料や光を用いた技術について、もう少し詳しく説明します。
半導体材料を扱う研究者は、物理分野に多く、有機化合物を扱うのは化学分野の研究者が主流です。私が使用している半導体ナノ結晶と有機物の複合材料は、ちょうどその両者の境界領域にある材料であり、非常に複雑な反応が起こるため、アプローチが難しい分野とされているのです。
私はレーザーなどを用いた「分光分析技術」を活用し、複雑な現象を解明する手法を有しているため、こうした複雑系に挑戦できると考えています。分光分析は、物質が放射または吸収する「光」を波長に分割し、構成する分子固有の波長(スペクトル)を見つけることで、物質を分析する方法です。
私の研究の特徴としては、無機物と有機物の複合材料を扱い、その材料に光を当てた際の反応を分光学的に解析し、そのメカニズムを明らかにする点にあります。
光化学反応の例を挙げると、ビリヤードの球同士がぶつかるような一対一の反応が一般的ですが、ナノ結晶の半導体では、一つの光子がぶつかって生成した状態にさらにもう一つの光子がぶつかることで一つの反応が生じる「非線形反応」が起こりやすいという特性があります。まさにこの反応が私たちの技術の鍵となっています。
「社会に貢献したい」という強い思い。基礎研究から生まれた気づき
私の研究の出発点は、半導体ナノ結晶のある特定の物質のみから生じる特殊な光機能がなぜ起こるかを明らかにすること、つまり純粋な学問的な興味を探求するものでした。十兆分の一秒の現象を可視化できる「超短パルスレーザー」(露光時間がきわめて短く、かつ明るいストロボライト的なもの)を用いた物性研究に没頭し、その中では、普通では観測できない半導体ナノ結晶の特殊な現象を自分で一つずつ明らかにしている実感があり、非常に充実していました。
その一方で、目に見える時間とはほど遠い高速な現象ばかりを追っていたため、こうした基礎研究が社会にどう貢献できるのかと悩むようになりました。
きっかけは、「フォトクロミズム」とよばれる、光を当てると色が変わる材料に関心を持ち、当時の自分からは全くの異分野だったものの、その研究分野に思いきって飛び込んだことです。
その研究分野では、基礎研究で生み出した物質が、外に出るとサングラスに変わる眼鏡や、ファッションで服の色が変わる素材など、さまざまな社会で活躍する材料へと発展する可能性が広がっており、基礎研究を通じて社会に貢献することへの魅力と重要性を感じました。その後、昨今の社会情勢もあり、エネルギーや環境など、人類が抱える根幹的な問題に対して切り込めるような研究に発展し、社会貢献ができないかと強く考えるようになりました。
光で色が変わるという現象は、光が材料にエネルギーを与えることで状態が変わることを示しています。この考えを進めるうちに、光によって少し高いエネルギー状態をつくりだし、その状態が長い時間安定に存在するのであれば、その状態にさらに光を当てることにより、高いエネルギー状態を作り出せるのではないかという着想に至りました。私の世代で例えるなら、スーパーマリオのキャラクターがゲームで「2段ジャンプ」をして、画面外の高みにジャンプしているようなイメージです。
「これで分解できるはずだ」。歓喜の瞬間、大きな一歩
その中で、分光測定のデータを見ていたときに、2段ジャンプのようなプロセスで非常に強力な還元剤が生成される現象を発見しました。通常の可視光線、例えば太陽光では壊れない難分解性物質でも、この2段ジャンプを活用することで分解できることが分かり、紫外線並みのエネルギーを可視光で生成できることが明らかになりました。「これならフッ素化合物も分解できるのではないか」という確信が芽生え、PFASを試験的に投入してみたところ、見事に分解できたのです。
まさに歓喜の瞬間で、研究室で学生と一緒に叫びました。学生は最初半信半疑で、最初の1時間は変化が見えませんでしたが、「もう少し置いてみよう」と試したところ、次第に反応のピークが現れ、みんなで喜び合いました。大きな一歩であったと感じています。
光反応評価システム
この発見は2年以上前のことですが、原理を確立し、成果としてまとめられたのは本当に最近で、ここに至るまでには非常に時間がかかりました。この発見がきっかけとなり、PFASのような難分解性の有害物質の分解に研究をシフトしました。
フッ素リサイクルの実用化に向けた課題
私としては「フッ素の分解技術」という研究の手札が一つ増えたという感覚です。発見から2年経過して、現在この技術でできることとまだできないことが明確になりつつあります。
PFASの除去であれば少量の分解で済むかもしれませんが、日本のフッ素輸入量が年間3万トンあり、その1%をリサイクルするとしても約30トンの処理が必要になります。この技術のみで世界が大きく変わるとは考えておらず、いくつかのハードルを越えるためには、別の技術を組み合わせる必要があると感じています。
「スペクトル」を通して、無機物表面の反応メカニズムの解明へ
少しマニアックになりますが、無機物である半導体の表面で有機物が反応するには、必ず表面で接触しなければならないという点に面白さを感じています。無機物の表面には多様な有機分子が付着していますが、光を当てることでそれらの分子がダイナミックに変化し、反応に必要な空間が一時的に開かれることが分かってきました。この現象により、分解反応のサイクルが形成されているのです。
このサイクルの理解が非常に重要で、無機物の表面反応についても学術的にはまだ未解明な部分が多いことが分かってきました。私の研究は、フッ素を分解する手法だけでなく、無機物表面の反応メカニズムの解明と制御にも発展しています。
動的に変化する表面を観察する研究はほとんど行われておらず、私の独自技術であるパルスレーザーを用いた分光測定・分析により、時間軸を伴った予測的なデータとして分析を進めています。今まで観測されていなかった動的な反応の様子をデータとして捉えることができています。
超短パルスレーザーを用いた分光計測装置
画像で得られるデータは直感的に理解しやすいのですが、追跡できるスピードはせいぜい目で見える速さ程度までです。しかし、実際の分子の結合が外れて再度結合するスピードはきわめて速いため、この手法では限界があります。
そのため、私たちは「スペクトル」という方法で見ています(僕はよく視るといっています)。これは、あたかも見えない箱の中に手を突っ込んで物を探るような感覚ですが、目ではない別のもので現象を間接的に捉えようとするアプローチといえます。このスペクトルを超短パルス光を用いて計測することによって、高速の分子の結合変化を追跡することができます。
スペクトルを通して視ると、分子の非常にわずかな変化が確認できます。例えば、ある分子の結合が少しずつ弱まるタイミングや、別の分子の反応速度の微妙な違いを捉えることが可能です。我々の分析から、このスペクトル変化を通じて得られる情報を抽出することで、「この分子が離れている」という推測を立てています。
AIによる分析の課題と可能性、企業と取り組む「ケミカルリサイクル」
最近の動きとしては、AIや統計解析を用いた新材料の探索にも取り組んでいます。企業のAI部門と連携して、材料の組成や条件をパラメータ化する作業を進めています。この取り組みが今後の材料開発に役立つことを期待しています。
これまでの私たちが行った実験データは「この方法でうまくいくはず」と思って取り組んでいる条件のデータが多く、あまり失敗したり予測外のデータは含まれていません。ですから、もっと多様なデータを増やしていかなければならないと感じています。
具体的に言いますと、AIの分析は設定した条件A、条件B、条件Cなど、最適化した条件内でしか見てくれません。そのため、これまで「うまくいくはず」と予想した範囲ばかりを試しているため、意外性のあるデータが出にくいのです。この点を解決するため、現在は条件をランダムに試し、データを統計解析する必要があると考えています。
そのため、一度に複数の光反応を検証できる装置を開発しています。これにより、これまでの検証にかかる時間を大幅に短縮でき、実験のバリエーションが大幅に広がると期待しています。
「この材料で一緒に研究しませんか?」学内外、企業とのコラボレーション
私はもともと分析が得意で、材料の合成はあまり得意ではありません。そのため、専門的に材料を作られている先生方に材料を提供いただき、こちらでそれを使って何ができるかを一緒に模索することが多いです。
他大学の先生から「この材料で一緒に研究しませんか?」と提案をいただいたり、こちらからお願いして材料を提供いただくこともあります。このような形で他大学の先生方と成果をプレスリリースすることもあり、成果が出てきています。
学内でも、有機分子の基礎研究ではRARAフェローで生命科学部応用化学科教授の前田大光先生と長年共同研究を続け、論文も多く共著しています。
リサイクル技術や社会実装に向け、スケールアップした展開を
今後のビジョンとしては、この技術をより多くの方に知っていただきたいと考えています。多くの人と繋がり、技術の可能性を広げることで、リサイクル技術や社会実装に向けた新たな展開を目指しています。企業の関心も高く、活発化していると感じています。
その点に関して私が感じている課題ですが、やはりスケールアップの問題が一番大きいと考えています。基礎的な技術的課題が解決されれば、分解した後の生成物をどう利用するか、という話に進めるかもしれません。また、現段階では自治体のレベルで広く適用するよりも、各企業のプラントに併設する浄化装置として活用できる形を目指しています。
多くの企業では現在、フッ素を使用した後の廃液や廃棄物を回収業者に委託していますが、自社で分解してフッ素を取り出し、それを材料メーカーに提供したり販売したりする仕組みが理想です。その流れを整え、企業のプラントに装置を設置する際の課題を解決していきたいと思っています。
今後の具体的な計画としては、まず技術を多くの方に知ってもらうこと、そして技術の利用可能な場所を見つけていくことが重要だと考えています。企業の方と話す中で、一定の効率が見えてきたら、シミュレーションを行い、どの程度のスケールで採算が取れるかを検討していく予定です。このため、応用研究はもちろんですが、基礎データを蓄積することがまず求められています。
自分の興味や情熱を大切に、研究の面白さを感じてほしい
特に若い方々にお伝えしたいのは、自分の興味や情熱が重要だということです。私は浪人生、大学1年生の頃、環境問題に興味を持ち、二度にわたって環境科学の本を読もうと試みましたが、当時は法令や専門用語が多く、すぐに本を閉じました。
それでも化学や物理が好きで、それらを学び進めていくうちに身に付いた知識や技術が、ある時点で環境や社会に貢献するきっかけとなったのです。今になって環境科学の本を読むと、当時は毛嫌いしていた法令なども自分ごとのように感じてすっと頭に入ります。
研究において大切なのは、自分の興味を追い求めることと、自分がやってきたことを大切にすることです。どこかで一番になることだけが大事なのではなく、どのようなプロセスで取り組んできたかが重要です。研究は自分の視点をフルに活かすことができ、非常に魅力的な営みだと思います。みなさんに研究の面白さを感じてもらえると嬉しいです。
(2024年12月2日配信)
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