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RARA Newsletter vol.8 (転載) なぜ中東で紛争が多いのか。「平時」の地域研究の重要性、「地域研究2.0」の開発を目指して ── 末近浩太フェローインタビュー
2024 / 09 / 27
2024 / 09 / 27
RARA Newsletter vol.8
なぜ中東で紛争が多いのか。「平時」の地域研究の重要性、「地域研究2.0」の開発を目指して
── 末近浩太フェローインタビュー
(2024年9月に登録者にメールでお届けしたNewsletterを転載したものです。Newsletterへの配信登録はこちらから)
夏のなごりを感じながらも、日が落ちるのが徐々に早くなってきました。お健やかにお過ごしで しょうか。
立命館先進研究アカデミー(RARA)より、Newsletter vol.8をお届けいたします。
「次世代研究大学」を掲げる立命館大学では、さらなる研究高度化を牽引する仕掛けとして2021 年にRARAを設立。大学の中核を担う研究者たちを「RARAフェロー」に、RARAフェローへのス テップアップに向けて実績を積み重ねる研究者たちを「RARAアソシエイトフェロー」に任命し、研究活動と成果発信を進めています。
11月20日には、RARAフェローとアソシエイトフェローが研究の最前線を発信し、未来の研究者育成に向けて領域を超えて交流する「RARAコモンズ」を開催いたします。詳細は本Newsletterの文末でお伝えします。
緊張が続く中東地域。中東・イスラーム研究専門の末近フェローに聞く
今回のNewsletterでは、中東地域・イスラーム研究を専門とするRARAフェローの末近浩太・国際関係学部教授のインタビューをお届けします。
今年7月末、パレスチナのイスラム組織ハマスの最高幹部がイランを訪問中に殺害され、イラン が報復を宣言するなど、中東地域の緊張が続いています。
中東の国々
末近フェローは中東・イスラーム研究においてこれまでの人文学的アプローチに加え、データ駆動型のアプローチを組み合わせた新しい地域研究の手法で注目を集めています。
なぜ人は争うのか。特に中東で紛争が多いのはなぜか──。末近フェローは研究を通じて、長くこ の問いに向き合ってきました。
また本学では「立命館大学中東・イスラーム研究センター」(CMEIS、Center for Middle Eastern and Islamic Studies、シーメイス)を2019年度に設立。末近フェローは立ち上げに尽力し、センター 長を務めています。
今年6月、末近フェローは宇都宮大学国際学部の松尾昌樹教授とともに、国内では数少ない中東地域に関する総合的な概説書として『中東を学ぶ人のために』(世界思想社)を発売しました。
「中東の人々が私たちと同じように考え、感じているという『当たり前』の中東の姿を抜きにして、 一足飛びに中東の政治現象を論評してもいいのか」。
中東関連の本は時事問題や政治、宗教としてのイスラームに特化したものが多いですが、本書 は、文化・社会・経済・政治など、さまざまな入口から中東の全体を見通す先端知をまとめた本と して、学生や研究者から、中東に興味を持つ旅行者やビジネスパーソンまで幅広い人を対象にし ています。
末近フェローが目指す「地域研究2.0」とは。またその学問的深化や社会への波及力、末近フェローの課題感やビジョンについて聞きました。
(以下、末近フェローの話からライターが構成しました。取材・構成は2024年8月時点です)
「なぜ紛争が起こるのか。なぜ中東は特に紛争が多いのか」
私が中東に関心を持ったきっかけは、1980年代に遡ります。当時小学生の頃、中東の報道を目にし、「なぜ紛争が起こるのか」という疑問が生じたことでした。紛争は他の地域でも発生していま すが、なぜ中東で特に多いのだろう、と。
さらに、イラン・イラク戦争やレバノン内戦など、当時の米ソ冷戦の対立の枠組みでは説明がつかない紛争が中東で発生していることに気づきました。中東における紛争は説明が難しいものが 多く、その原因を探ることが原点となっています。
私の研究では、紛争が最も頻繁に起こる地域、つまり中東の中でも特に不安定な地域に焦点を当てています。最も紛争が激しい「歴史的シリア(シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ/イスラ エル、イラクとトルコの一部)」と呼ばれる地域を対象としています。
現在存在する国家が将来崩壊する可能性があるほど不安定な地域であり、中東全体にとっても、世界的にも歴史的シリアの不安定性は極めて重要であり、継続的に深く研究する必要があると考えています。
世界的な中東への偏見・無理解という現状。なぜ、中東の地域研究が重要か
「中東の情報は世に溢れている――でも、それでは物足りない。そんなふうに感じる人は、中東を『学ぶ』時期に来ている」。共著『中東を学ぶ人のために』でこのように書きました。
紛争や緊張状態といった状況が端的に扱われ、さまざまなインタビューや書物、ニュースなどで 言及されていますが、日本に暮らす我々にとっては、アジアや欧米などの地域に比べて依然としてなじみが薄く、理解が難しいと感じる人が多いのが現実です。現地の人々がどのように社会生 活を送っているのか、どのように経済活動を営んでいるのか、あまり関心を持とうとしない人も多いのではないでしょうか。
現地の人々が実は私たちと同じように考え、感じているという普段の中東の姿を抜きにして、一 足飛びに中東の政治現象を論評しようとするのは、本当に中東やイスラームを理解していると言 えるのでしょうか。
だからこそ、中東という地域に対する理解を深めるための総合的な情報や枠組み、ものの見方を提供し続けることが、我々の地域研究の意義だと考えています。
一方で、日本において中東に対する理解が不足していることを批判する声もありますが、私自身の感覚では、米国においても同様の状況が見受けられます。すなわち中東以外の世界が中東を見る際、その見方はパターン化されていることが多く、例えば紛争の原因は宗教や民族にある、 といった、偏った見方や誤解が広がっていることがわかります。
中東地域研究という学問自体が、世界的にもまだまだ充実していないというのが現状であり、これは日本だけの問題ではありません。私たち中東地域研究者も一層努力を重ねる必要があると 考えています。
地域研究の方法論的革新「地域研究2.0」の開発を目指して
グローバル化が進展する中で、各地域を理解するための学際的学問分野である地域研究(area studies)の重要性はますます高まっています。しかし、その理念や意義が伝わる一方で、方法や手法に関しては十分に刷新されていないのが現状です。
これまでは現地語の資料の解析と現地調査を通した質的研究が主流でしたが、最近では世論調査、現地語テキスト、衛星画像などの量的データの入手や分析が可能になりつつあります。
そこで、私たちの研究では、中東地域研究の学際性を拡張し、その本来の強みをさらに活かすことを目指しています。具体的には量的データを用いた「コンピューテーショナル(computational)」 な分析を採り入れることでアップグレードを図っています。地域の内在的論理をより正確に析出 する、つまり、地域や異文化をより良く理解するための次世代の地域研究=「地域研究2.0」の開発を目指しています。
国際的に成果を発信しフィードバックを得たり、『比較政治学の考え方』(有斐閣)、『イスラーム主義』(岩波新書)、『中東政治入門』(ちくま新書)などの概説書を刊行したりと、学際性が拡張できるような呼びかけも行ってきました。
量的データの分析により、地域理解の「解像度」を上げる
改めて、私たちの地域研究の方法論について説明します。地域研究とは、東南アジアやアフリカ、ラテンアメリカといった地域の実態や現実を明らかにすることを目的としています。特に中東 地域に関しては、従来の地域研究とは異なる方法論が活きる余地が大きいものと考えていま す。
これまでの地域研究では、現地でフィールドワークを行い、現地語で書かれた資料を収集し、それに基づいて地域について論じるのが主流でした。当時は人文社会系の伝統的な方法論が研究の中心で、量的データをほとんど使わず、現地の人々とのコミュニケーションやネットワークが 重視されていました。
私も過去、フィールドワークに頻繁に出かけたり、アラビア語の文書や19世 紀の資料を読み込んだりしていましたが、それだけでは中東地域の理解の解像度を高めること ができないと感じ、データを組み合わせることが必要だと考えました。
つまり、私たちの研究は、「質的」な方法が主流だった地域研究に「量的」なデータとその分析手 法・方法を採り入れることで、地域理解の「解像度」を向上させることを目指しています。
Unsplashより
私たちは中東で独裁や紛争が頻発する原因について、計量的方法・手法を採り入れた学際的な共同研究を推進してきました。今関心があるのは、中東の中でも特に紛争や独裁が多発してき た「歴史的シリア」を事例に、各国の「政府」と「市民」が自身の暮らす政体と共同体をどのように 認識しているか、またその認識がどのような条件でどのように変化してきたのか、という問いで す。
スマホを通じて一般市民の意見を収集、ビッグデータ・衛星画像データも活用
この問いを解くために、具体的には、現地語の資料と現地調査を柱とする質的研究に加え、①世論調査データ、②現地語テキストのビッグデータ、③地理情報データを用いた量的研究を行っています。この作業を通して、目的論的(teleological)な学際性の拡張を特長とする「地域研究 2.0」の方法・手法の開発を試みています。
学際性を掲げると、異なる分野やディシプリンを組み合わせることが自己目的化されがちですが、私たちは、あくまでも特定の問いを解くことを目的に設定し、そこから逆算して何が必要か考えることを心がけています。それが、ここで言うところの「目的論的な学際性の拡張」です。
①の世論調査データについて、従来の地域研究が取り組んできたアラビア語の文献や聞き取り調査は重要な研究対象ですが、現地のエリート層の意見に偏りがちだという側面もあります。一 般市民の意見を把握するためには、世論調査のデータが役立ちます。中東の国々は独裁体制が多く、世論調査が困難でしたが、最近ではオンラインのサーベイ実験により、スマートフォンを 通じて自由に一般市民の意見を収集できるようになりました。
②の現地語テキストのビッグデータについては、アラビア語やペルシア語のテキストを収集・分析しています。かつては思想家の著作などを手作業で分析していましたが、現代ではスキャンデータやネット上の情報をコンピュータで収集し、ビッグデータを量的に解析することで、過去に は見えなかった傾向や経年変化を把握することが可能になりました。
さらに、③地理情報データ(GIS)でも、以前は手に入らなかった情報 を利用できるようになりました。例えば油田の場所や埋蔵量を把握することで、紛争やテロの発 生頻度や規模、あるいは経済や社会の発展の度合いとの相関関係や因果関係を解析すること が可能です。
このように、かつての中東研究では使われていなかったコンピュータとデータを駆使することで、 地域理解を深めることができます。現地もデジタル化が進んでおり、私たち観察者だけでなく、現 地の人々もSNSやデジタル空間を活用して情報を得ています。これらも地域のリアリティの一部であり、場合によっては、紙媒体よりも影響力を持つこともあります。
Unsplashより
地域研究には必須のフィールドワークが難しい状況も
近年の中東地域研究における量的データの活用については、必然であるという側面もあります。 私自身も元々、量的データを全く使わずに現地でインタビューを行い、イスラーム主義運動の関係者と話をして情報を集めるなど、地域研究には必須のフィールドワークを長い間行ってきまし た。しかし、2010年代以降、各国での取締の強化や治安の悪化によって、次第に現地で自由にフィールドワークを行うことが難しくなってきたという現実があります。
特に昨年の10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラーム組織ハマー ス(ハマス)がイスラエルへの奇襲攻撃を実施し、イスラエル側も激しい空爆や地上軍による侵攻で応酬し始めてからは、レバノン、シリア、イラク、イエメン、そして、イランなどでもこれに呼応するかたちで火の手が上がるようになりました。その結果、一部の中東諸国への渡航がさらに難しくなっています。
イスラエル空軍(IAF)による精密誘導弾で破壊されたレバノン・ベイルート南部郊 外の集合住宅。イスラーム主義組織ヒズブッラー(ヒズボラ)の拠点があり、関係者に被害状況についての聞き取り調査を行った(2006年12月ベイルート県、末近フェロー撮影)。
日本国内において、私が現在行っている、量的データを活用した政治学や社会科学理論を用いた中東地域研究は、かなりの少数派です。ただし、海外においても同様で、データ駆動型の研究はあまり進んでいません。
例えば、私が所属している英国中東学会ですが、今年もイギリスまで行って最新の研究成果を報告してきたところ、方法や手法が新しくてよくわからない、あるいはデータを使うこと自体へのアレルギー反応があり、どうやらそこでも私の研究は少数派のようです。
今中東で起こっていることを分析するという点では、研究者や著作の数でイギリスは日本より進 んでいる部分もありますが、それでも方法論的に見ると両国の中東地域研究の姿は実はそれほど変わらないのかもしれません。すなわち、報道資料や現地でのインタビューをもとにした分析が主流であるという点で、大きな違いはないように思います。
有事だけでなく、平時の研究が重要な理由
中東地域研究、広くはすべての地域研究は、私たちが今暮らしている世界のよりよい理解を目指すものです。とはいえ、私たちの関心はどうしても大きな事件が起こった、起こっている地域に向きがちです。中東だと、やはり紛争や戦争、テロが起こったときです。
例えば、昨年の10月7日以降の情勢悪化がその一例です。しかし、仕方がないことではありますが、そうした関心はいわば一過性のブームで終わることが多く、時間の経過とともに中東の情報はニュースからどんどん消えていきます。地域研究は、どうしてもそのようなブームや「波」の影響を受けます。
これは、中長期的に見れば、学問としての地域研究の発展にはあまり良くないと考えます。時に研究資金が潤沢になったり、急になくなったり、注目が集まったと思えば急になくなったりすることがあるため、研究者は世間の注目が集まるテーマを選ばなければならず、お金を引き寄せたり関心を集めたりする形で地域を描かなければならなくなります。その結果、粗雑な現状分析がアカデミアやマスメディアを席巻し、ゆがんだ地域のイメージを創りだしてしまうこともあります。
だとすれば、重要なのは、簡単なことではありませんが、ブームや「波」に過度に流されないようにすることでしょう。フィールドワークや現地語資料の読みこみにせよ、量的データを使った分析にせよ、マイペースで地域のことをコツコツと積み上げて研究し、平時、つまり、何も起こっていない時にコツコツと行ってきた研究こそが、結局のところ有事の際に最も信頼できる情報になると私は考えています。
アラブ諸国の新聞報道を分析、データから見えてきたこと
私の最近の共同研究では、アラブ諸国10カ国の新聞記事を10年間分収集したビッグデータを用いて論調を分析しました。具体的には、この10年間でイランが中東で最も危険な国であるとの認識が広がった中、アラブ各国がイランをどの程度警戒しているかについて、各国の新聞記事を計量的に分析することで明らかにしました。
アラブ各国の新聞のイランに対する脅威認識(報道トーン)の変化を示したグラフ。0より上だと脅 威、0より下だと脅威ではない、という認識の経年変化を国別に読み取れる。 Dai Yamao and Kota Suechika, “Measuring the Evolution of Arab States’ Perceptions of the Iranian Threat: A Quantitative Text Analysis of Major Arabic-Language State Media, 2010–20,” British Journal of Middle Eastern Studies, 2 May 2024 (http://dx.doi.org/10.1080/13530194.2024.2345882 )
分析の結果、やはり通説通り、イランがこの10年間で危険な国と見なされるようになったことがわ かります。通説通りなので新しい発見ではないのですが、重要なのは、それを初めて数量的なエ ビデンスベースで示したことです。
さらには、実際に10カ国の新聞記事を集めて分析しグラフ化 すると、どの国が最もイランを危険視しているのか、また、どのような事件が発生した際にイランへの脅威認識が高まったのかなどがわかります。これは、従来の手作業ではわからなかったこと です。
一般的にイランの最大のライバルはサウジアラビアと言われ、イランとサウジはこの10年間、中東で激しく対立し、周囲の国々もその対立に巻き込まれてきました。しかし、このデータにより、国 によってイランの見方について温度差があることがわかります。サウジに接近している国々で あっても、完全に同調しているわけではないということが明らかになりました。
また、イランは世界から核開発疑惑を向けられていますが、この問題に対してアメリカがイランと直接対話を行って核合意を結んだという事態についても、アラブ各国によって解釈が異なることがわかります。例えば、イランが核合意を結ぶことで核開発をやめると期待し、安心する国もあれ ば、アメリカが譲歩しすぎた結果、イランが増長して危険が増すのではないかと懸念する国もあ る──それがエビデンスベースで明らかになりました。
つまり、現在の中東では、従来言われてきたような「アラブ諸国vsイラン」の枠組みだけでは捉えきれない、複雑な関係性が存在するのです。
「異文化理解」の危うさと、「地続き」の接続性を重視する理由
日本において、世界を知ることの大切さは義務教育でも長らく語られてきました。その際、日本と異なる点を学ぶことがより重要だとされ、自分たちとは異なる他者を理解することが求められま す。これは「異文化理解」という言葉に凝縮され、これは間違いなく正しいことである一方、その結果として、日本列島に暮らす人々が世界を観察する際、自分たちとは異なる部分にばかり目を向 けがちになる、という副作用もあるように思います。
「違い」を理解することが異文化理解の本質であるとされつつも、これが過度な地域理解へと繋 がることがあります。別の地域で起こっている出来事が、自分たちとは無関係なものとして見えて しまうことがあるのです。普段の生活すらも、異なる世界のものとして捉えられることもあります。
以前、中東研究者が現地で得た情報をもとに中東の様子を説明し、他者と違う点を強調する傾向があったのは、異文化理解のニーズに応じたものでした。その意義の大きさに異論はないと思います。
しかし、その結果として、自分との違いばかりに目が向き、共感力を欠いたり、当たり前の事柄を見逃したりする危険性も出てきているのではないかと最近感じています。例えば、イスラーム教徒に対するヘイトスピーチも、かつての無知によるものから、他者を理解した上でのもの へと変わってきている気がします。
そうした中、データを用いた研究に何ができるのでしょうか。実際に中東を対象に研究を進めてみると、その結果が日本や欧米諸国と傾向が一致することも多く、中東地域に対する偏った極端な 見方に見直しを迫るきっかけを与えることになります。そんな研究結果に触れたとき、私たちに とって中東は共感や理解ができない他者ではなくなるかもしれません。
「地域研究2.0」では地続きの世界としての地域間の接続性を重視したいと考えています。グローバル化に伴って、実は各地で同じことが起こっていることを理解する必要があるのではないでしょうか。
「立命館大学中東・イスラーム研究センター」(CMEIS)設立の思い
地域研究は、グローバル化が進む中でこれからさらに重要な役割を果たすようになるはずです。 先に述べたように、中東地域研究は、日本においても、あるいは世界においても、まだまだ人手が 足りていません。にもかかわらず、近年では国の財政が厳しいこともあり、国内の大学で中東研究者を輩出していた大学院の講座が閉鎖されたり、先生が不足したりするなどの状況が発生してきました。
こうした危機感から、2019年度に「立命館大学中東・イスラーム研究センター」(CMEIS)を立ち上げました。
立命館大学・中東イスラーム研究センター(CMEIS)ホームページ(https://www.cmeis-ritsumei.net/)
日本のさまざまな大学において、政治学、社会学、歴史学、人類学、思想研究などそれぞれの分野において中東やイスラームの豊かな研究がなされてきていますが、CMEISでは立命館大学の総合私立大学としての強みを活かし、多様な学問的背景を持った研究者の力を結集して学際的・総合的な最先端の中東・イスラーム研究を推進する組織として活動しています。中東・イスラームについての総合知を備えた次世代の研究者・専門家の育成にも取り組んでいます。
シリアの紛争を「予測」、地道な研究活動の大切さを実感
私の研究人生において非常に大きな出来事となったのが、2011年にシリアで内戦が勃発したこ とです。これまでほとんど注目されることのなかったシリアという国が、突然日本の新聞の一面に登場するという異常事態。それまでほとんど誰も予測していなかったシリアでの紛争と人道危機 の発生は、周辺国(歴史的シリアの国々)に紛争を飛び火させるだけでなく、大量の難民やテロリストを世界に拡散させていきました。2015年から2016年にかけては、シリアの出来事が世界の中心的な話題となりました。
ヒズブッラーが拿捕したイスラエル陣営の戦車の残骸。イラン革命の指導者ホメイニーのパネルが掲げられている。(2007年8月レバノン南部県、末近フェロー撮影)
実は私が2004年に発表した博士論文では、19世紀から続く歴史的背景を踏まえて、歴史的シリアという地域が、その姿を今後も変えうる可能性があるものだと論じました。つまり、国と国を分かつ国境があっても、それぞれの国は不安定さを抱えており、それがいつ紛争となっても、いつどの国が崩壊してもおかしくない、ということを論じていました。
結果として2011年に始まったシリア での紛争がこの予測と合致。残念ながら見込みが的中してしまいました。
言うまでもなく、このような不幸なシナリオが現実となることは望ましいことではありませんが、平時において、多くの人が注目しない中でも地道に研究活動を続けることで、有事の際に必要となる情報や知見を提供することができると実感しました。
社会に開かれた発信やコラボレーションで、学問のアップデートを
RARAは立命館大学が次世代研究大学を目指す中で、フラッグシップ、旗振り役としての役割を果たしています。RARAフェローとしては、目に見える、客観的に評価できる成果を示さなければ ならないと考えています。
先般、他のフェローやアソシエイトフェローの先生方と会話をする機会がありました。方向性や分野は異なるものの、デジタルにより重きを置き、新しい技術を用いた新たな学問のブレークスルーを考えています。今後はそうした先生方とコラボレーションし、「地域研究2.0」の開発だけで なく、最新のテクノロジーを用いて学問をどのようにアップデートできるかを探求することができれ ばと考えています。
文系の学問はラボやチームでの成果というよりも個人で行うことが多く、研究者個人の業績として外部に発信されることが一般的です。とはいえ、新しい論文が発表されるだけではインパクトが 狭いアカデミアに限定されてしまいますので、もっと社会に開かれた発信や、繋がりを生むようなイベントの開催などを試みていくべきではないかと思っています。
専門家・市民の責任と、地域をより良く理解することの大切さ
今日(こんにち)では、専門家だけでなく、誰でも社会に向けて発信したり繋がりを生み出すことが できるようになっています。そうした中で専門家がどのような役割を果たすべきか、改めて問われているように思います。
特にSNSが広がり、学術的に支持を得られていない知見がたくさんの「いいね」やフォロワーを集めることで独り歩きするという現象もよく見られるようになりまし た。ある知見が影響力を持つかどうかは、専門家が学問のルールに従って導き出した客観的な 真偽よりも、ユーザーの都合や願望に基づく主観的な好悪に左右されるということです。
あらかじめ好き嫌いで結論が決まっているのだとすれば、データやエビデンスを示してもなかな か受け入れてもらえないこともあります。こうした傾向は、コロナ禍の際に顕著に見られるように なりましたが、ウイルスやワクチンに関する理系の知見ですら好悪に左右されてしまうのであれ ば、文系はもっと厳しい状況にあると言えるでしょう。
中東地域研究にたずさわる者として、中東・イスラームに対する偏見や誤解、あるいはヘイトスピーチに対抗するという社会的な責務があると考えていますが、今後さらなる工夫と努力が必要になると痛感しています。
専門家側のスタンスや冷静さ、情報の捉え方が問われる一方で、市民の側もリテラシーが問わ れています。専門家と非専門家の関係は共犯関係にも似たものがあり、互いに冷静さを失わず、 良くなっていくことが大切だと考えています。なぜなら、地域をより良く理解することは、地球規模の共生社会の創生に向けた不可欠なステップに他ならないからです。
Unsplashより
中東の地域研究をアップグレードすることで、学術的な波及効果のみならず、世界の地域や異文化、特に中東やイスラームに対する偏見や差別、主観的な好悪を振りかざす言説が目立つ昨今の社会に対して、エビデンスベースで客観的かつ確かな知見を引き続き提供していきたいと考えています。
2024年度「RARAコモンズ」開催のご案内
このたび、理工学部所属のRARAフェローたちが中心となり、「新たな価値創出をめざす理工系研究者の連携とキャリアパス」をテーマとした「RARAコモンズ(※)」を立命館大学びわこ・くさつキャンパスでリアル開催します。
RARAフェローらによる研究紹介を交えた2つのトークセッションの他、学生フェローらによるポスターセッションも行う予定です。
RARAを基盤とする中核研究者の連携の最前線と、若手研究者たちの活躍をお伝えするとともに、研究領域を超えて交流いただける貴重な機会です。ぜひご参加ください。
※RARAコモンズとは、RARAフェロー/アソシエイトフェローが教育活動と研究活動を結ぶNodes(結合点)の発信者として、研究の魅力を積極的に発信し、未来の研究者育成に貢献することを目的とした場。
◆テーマ「新たな価値創出をめざす理工系研究者の連携とキャリアパス」
◆日時:2024年11月20日(水)13:00~17:00
◆会場:立命館大学びわこ・くさつキャンパス エポック立命21・1階 エポックホール(対面開催のみ)〒525-8577 滋賀県草津市野路東1丁目1-1
◆登壇予定者:
小西聡フェロー、岡田志麻フェロー、峯元高志フェロー、山末英嗣フェロー(以上、理工学部所属)、三原久明フェロー(生命科学部所属)、惣田訓アソシエイトフェロー(理工学部所属)、RARA学生フェロー(博士課程院生)
◆定員:100名
◆申込先:こちらのリンク先のGoogleフォームよりお申し込みください。
https://forms.gle/Rx96SA6DqxY86pEe8
(2024年9月20日配信)
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