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RARA Newsletter vol.6 (転載)  筋肉と栄養・運動の重要性、プライバシー、ダイバーシティ ……拡張する身体とウェルビーイングを学際的に考える。 「身体圏研究連続シンポジウム」レポート

2024 / 07 / 30

2024 / 07 / 30

RARA Newsletter vol.6
筋肉と栄養・運動の重要性、プライバシー、ダイバーシティ

……拡張する身体とウェルビーイングを学際的に考える。

「身体圏研究連続シンポジウム」レポート

 

(2024年7月に登録者にメールでお届けしたNewsletterを転載したものです。Newsletterへの配信登録はこちらから

 

いよいよ夏本番を迎え、早くも酷暑と言える暑さが続いておりますが、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

立命館先進研究アカデミー(RARA)より、Newsletter vol.6をお届けいたします。

今回のNewsletterでは、6月26日に立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)のローム記念館で実施した、「BKC開設30周年記念企画 身体圏研究連続シンポジウム」から、参加者の関心を集めたRARAフェロー・アソシエイトフェローの講演をレポートします。

 

 

現実と仮想が融合する世界において、健康やQOLの向上、ウェルビーイングが重要な課題となっています。その課題に対応するため、立命館大学はスポーツ健康科学を核とした新たな研究領域「身体圏研究」を創成。さまざまな環境が人の心身にどのような影響を与え、ウェルビーイングにどのように繋がるかを総合知や学際共創により探究していきます。

 

 

筋肉の重要性と、栄養・運動との相互作用

RARAフェロー  フィリップ・アサートン教授

 

最初にRARAフェロー(立命館大学総合科学技術研究機構所属)のフィリップ・アサートン(Philip Atherton)客員教授が「運動と栄養摂取による筋肉量の調節:加齢の影響」と題して講演しました。

 

 

アサートン教授は健康科学分野において、タンパク質代謝のメカニズムを研究しており、栄養と運動の相互作用が筋肉の健康に与える影響に焦点を当てています。講演では筋肉の重要性や筋肉の合成・分解についての研究結果を披露しました。

 

 

今日は骨格筋の重要性と、栄養と運動による相互作用についてお話ししたいと思います。骨格筋は運動や移動のために重要であり、質量においては体内で最大の器官でもあります。

骨格筋には非常に重要な代謝機能があります。すべての組織は毎日毎秒代謝を行っていますが、特に骨格筋は非常に大きなタンパク質の貯蔵庫であり、食事から摂取するアミノ酸で構成されています。

骨格筋は内分泌器官としての認識も高まっています。つまり、他の組織に作用して健康を調節する生活性物質を分泌する器官でもあるのです。

人間の体重の約半分は骨格筋で構成されており、運動、強さ、バランス、姿勢にとって重要です。骨格筋の健康に影響する主な外的要因は、食事と運動です。骨格筋は多くの病気において非常に重要な役割を果たしており、多くの病気の罹患率や死亡率を見ても、筋肉量と機能の低下は悪い臨床結果に結びついています。

骨格筋の機能障害が影響するのは老化、関節炎、糖尿病、肥満、癌、重傷、臓器不全、肝臓、心臓、腎臓、肺の病気など多岐に及びます。

 

 

 

「あなたはあなたが食べたものでできている」。事と筋肉の関係

 

それでは、主要な環境要因が筋肉にどのように影響するか、栄養面から説明します。

食事から摂るタンパク質は、必須アミノ酸と非必須アミノ酸の両方があり、非常に重要です。タンパク質が分解されると、そこから得られるアミノ酸が組織内、特に筋肉内で新しいタンパク質を作るために利用されるからです。「あなたはあなたが食べたものでできている」というフレーズ通りなのです。

私たちが食事からタンパク質を摂取すると、胃に入ったタンパク質は短いアミノ酸鎖に分解され、その後、肝臓を通過。血液循環を通して、アミノ酸が組織で利用可能になります。

 

 

食事を摂ると、動脈と静脈の両方にアミノ酸が高い濃度で存在しますが、動脈の方が静脈よりも高い濃度になります。組織が動脈の循環からアミノ酸を取り込むからです。食事後、血流が増加し、約60~75分間、動脈の濃度が静脈の濃度よりも高くなります。筋肉が食事由来のタンパク質からアミノ酸を吸収できる時間は約1時間なのです。

例えば一晩断食すると、基本的に筋肉はタンパク質を失っていきますが、食事を摂ると、タンパク質合成が増加し、タンパク質分解が減少します。すべてが常に一定であれば、毎日、生成と分解が繰り返され、筋肉は一定の状態を保ちます。

15年前、私たちはタンパク質の栄養と筋肉の代謝の関係について実験を行い、重要な発見がありました。食事によりタンパク質の合成が始まりますが、その時間が限られており、90分後には急停止します。つまり、タンパク質を長時間摂り続けても筋肉が成長し続けるというわけではないということです。

次の食事に対して筋肉の合成反応が起きるタイミングは、前の食事から約3.5〜4時間後であることもわかりました。

さらに、体内でタンパク質を作る際に、特定のアミノ酸が重要な働きをすることがわかりました。その一つが必須アミノ酸の一つ、「ロイシン」です。体内でタンパク質を作る際にはあらゆるアミノ酸が必要ですが、ロイシンは他の必須アミノ酸がなくてもタンパク質合成を刺激する能力を持っています。

高齢者を対象とした実験では、少量のロイシンが、高品質のタンパク質とされる大量のホエイプロテインと同様の働きをすることがわかりました。

 

 

 

運動不足は筋肉のタンパク質合成を阻害する。加の影響も

 

さらに、栄養と運動の相互作用を調べたところ、運動と栄養の両方が揃うと、筋肉の合成率が持続的に高まることがわかりました。

一方、通常は1日6000歩歩いていた参加者の歩数を1500歩まで減らしたところ、短期間でも筋肉量の顕著な減少が見られました。運動不足はタンパク質合成の応答を阻害するのです。

年齢の影響については、年配者においては筋肉などの組織でタンパク質を合成する能力が低下していることがわかりました。また年配者は若年者と比較して筋肉を刺激する「アナボリック反応」が低下する傾向があることが示されています。この点を考慮して年配者の筋肉の健康を改善するために、どのように外的刺激を活用するかを考える必要があります。

また、ベッドで過ごすなど、運動を制限することにより、わずか数日という短期間でさえ、大腿部などの筋肉量や、筋肉の厚み、筋力の減少がみられることがわかりました。筋タンパク質の合成が著しく持続的に低下し、代謝が下がっていました。タンパク質「合成」の減少が人間の筋萎縮の根底にあるということです。

まとめると、食事のタンパク質から得られるアミノ酸は、2〜3時間という短い期間で筋タンパク質合成を刺激し、筋肉の維持に非常に重要です。一方、インスリンは筋タンパク質分解の抑制に有効です。

また、ロイシンは非常に重要なアミノ酸であり、筋タンパク質に組み込まれるだけでなく、筋タンパク質合成を直接促進する力があります。最初の栄養摂取から約3〜4時間後に栄養を摂るのが筋タンパク質合成にとって最も効果的です。

加齢は骨格筋に影響し、栄養と運動の不足が大きく相互作用してくるため、それを理解して対策を講じる必要があります。運動不足は筋タンパク質の分解を増加させるのではなく、合成を抑制します。これらの相互作用をポジティブに利用する戦略が必要です。

(ノッティンガム大学教授/RARAフェロー フィリップ・アサートン客員教授)

 

 

年齢を重ねると食事摂取による筋肉合成が鈍くなり、筋肉量が低下する 

RARAアソシエイトフェロー  藤田 聡教授

 

続いて、RARAアソシエイトフェローの立命館大学スポーツ健康科学部 藤田聡教授が登壇。藤田教授はアサートン教授との共同研究も含めた研究結果を報告しました。

 

 

 

一般の成人の場合、筋力の合成・分解のバランスは24時間で見るとプラスマイナスゼロになりますが、年を取ると、食事によりタンパク質を合成しにくくなります。「アナボリックレジスタンス」と言われます。特に食事摂取への応答が低くなり、それが1日3食、365日続くと、結果的に筋肉量の低下につながるのではないかということが指摘されています。

 

 

また、特に筋肉の合成を食事によって高めるという観点で重要になってくるのが必須アミノ酸です。必須アミノ酸を20g摂取すると、摂取1時間後にはタンパク質の合成速度が空腹の状態に比べると約2倍程度まで上昇するということが分かっています。

特にロイシンと呼ばれる必須アミノ酸の一つが重要であるということはアサートン先生の話でもありましたが、ロイシンがタンパク質の合成を刺激することがわかっています。

アメリカのデータで、70代の高齢者を3年間追跡調査した結果、筋肉量はやはり年齢が上がるとともに減っていきます。特に食事のタンパク質の摂取量に着目すると、タンパク質の摂取量が最も多かったチームが約40%、筋肉量の減少を抑制することができたということが示されました。運動と栄養の二つをしっかりと維持しないと筋力が維持できないということは、データから明らかかと思います。

 

 

体重1kg当たり約0.4gのタンパク質を、3食均等に摂取を

 

それでは1回の食事でどれくらいのタンパク質を摂れば筋肉の合成を最大化できるかということに関して、過去の研究をメタ解析すると、特に高齢者の場合、体重1kgあたり約0.4gのタンパク質、つまり体重50kgの女性であれば1食20gを摂取することで、食後のタンパク質の合成を最大化できるということが報告されました。

これ以上摂取してもおそらく筋力の合成には利用できませんし、逆に体重1kgあたり0.4gに達していない場合は、その食事に伴う筋肉の合成を最大化できないリスクが発生するということになります。

実際、日本人の食事パターンでは朝と昼のタンパク質の摂取量は不十分で、晩にガッツリ食べて摂取しているという状態が見て取れます。性別や年齢に関わりなく、多くの日本人が朝食で20gのタンパク質が摂れていないというデータもあります。特に女性は昼食においても摂れていない方が多い。夕食ではほとんどの日本人がしっかりと20g以上摂取できているということが示されています。

 

 

欧米の研究では、3食のタンパク質の合計が十分な量でも、3食の配分が不均等だとサルコペニア(筋肉量の低下の筋力の衰え)のリスクが上がるということが指摘されています。

こういった食生活が若年者の筋肉量に対してはどういった影響を与えるか、立命館内部の学生を対象とした調査を行いました。実は若年層である大学生でも1食でもタンパク質が不十分だと筋肉量が少なくなるリスクがあるということがわかりました。

 

 

筋トレと3食のタンパク質で、トレーニング効果が最大に

 

また運動について、いわゆる筋トレについて簡単にお話しします。筋トレは、一般的に長期的に頑張ってトレーニングしないと筋肉量が増えないとお考えだと思いますが、実は1回のセッションを行うだけで、筋肉の合成速度が安静時に比べると倍程度に上がることがわかっています。

より長時間のデータを見ると、運動直後にタンパク質の合成速度が上がり、日頃運動してない方に関しては筋トレの効果は約2日間持続するということも報告されています。また、筋トレ自体の効果に加え、筋トレの後にしっかりとタンパク質を摂ることによって、その運動効果を最大化することができます。

そこで朝食を抜くなど、朝食でタンパク質が足りていない状態がトレーニング効果にどういった影響を及ぼすかも大学生を対象に調査しました。

3ヶ月間、週に3回のトレーニングをしたところ、タンパク質の総摂取量は変わらなくても、朝食のタンパク質が不足していた学生よりは3食ともタンパク質が充足した学生の方が、トレーニングによる効果が最大になることがわかりました。

さらに、空腹の時間帯、つまり食事と食事の間にもタンパク質を摂ることに意味があるのか、アサートン先生との共同研究として調査をしました。食間や夕食後の寝る前など、3食と合わせて1日に6回プロテインを摂ることによって、運動誘発性のタンパク質の構成がより高くなるかを比較調査しました。

結果として、3食でしっかりとタンパク質を摂っていれば、食間や寝る前にタンパク質を摂ることにあまりプラスアルファの効果はなさそうだということがデータから明らかになりました。基本的には3食でしっかりタンパク質を摂ること、そして積極的に運動することが健康にとって大事な要素になってきます。

栄養に関して、タンパク質以外の栄養素では、サルコペニアを引き起こしにくくする要因の一つとして考えられているのが、ビタミンDです。基本的には紫外線、日光を浴びることによって人体でも生成できるビタミンですが、年齢とともにビタミンDの濃度が低下してくるということが多くの研究で指摘されています。ビタミンDの低下が糖尿病や体脂肪の増加、アルツハイマー型の認知症、筋肉量の低下などに関係しているということも指摘されています。

 

 

アサートン先生との共同研究の一つが、このビタミンDに着目したものです。動物による基礎研究では、ビタミンDが働かなくなると筋肉量が低下する、あるいはビタミンDの投与によって、細胞レベルでは筋肉は肥大するということも明確に報告されています。

去年、日本でもニュースになったのですが、日本人のなんと98%がビタミンD不足だということが指摘されています。これが疾患と関係していると考えると深刻な問題ではないでしょうか。

国民レベルでビタミンDを積極的に摂っている国は北欧のフィンランドです。日照時間が短いので、2003年に政府がビタミンDの欠乏を危惧し、牛乳やバターなどの食品に積極的にビタミンDを添加する政策を行っています。実際にビタミンDの摂取量が約3〜4倍程度に増えたという報告もあります。

ビタミンDは間違いなく筋肉の量を維持するのに大事ですが、一方でフィンランドのデータでは、その濃度を単純に上げるだけでは、実は筋肉量の維持にはつながらないこともわかりました。やはり運動やタンパク質の摂取が重要です。

 

(RARAアソシエイトフェロー、立命館大学スポーツ健康科学部 藤田聡教授)

 

BKC開設30周年記念企画 身体圏研究連続シンポジウムは、アーカイブ配信を行っています。

第1回「身体圏研究とは?~ウェルビーイングの実現に向けた新たな研究領域への挑戦~」の視聴はこちらから。
約8分間のダイジェスト映像はこちらから。

本ニュースレターで取り上げた第2回のアーカイブ配信(8月中を予定)および、今後開催予定の第3回・第4回情報は、立命館大学スポーツ健康科学総合研究所ウェブサイトよりご覧ください。

 

(2024年7月24日配信)


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