Newsletter / 研究活動レポート / 矢藤 優子
RARA Newsletter vol.23(転載)親子のウェルビーイングと子どもの未来を考える。アジアから世界へ発信、発達研究の最前線──矢藤優子アソシエイトフェローに聞く
2026 / 03 / 26
2026 / 03 / 26
RARA Newsletter vol.23
親子のウェルビーイングと子どもの未来を考える。アジアから世界へ発信、発達研究の最前線──矢藤優子アソシエイトフェローに聞く
(2026年3月に登録者にメールでお届けしたNewsletterを転載したものです。Newsletterへの配信登録はこちらから)
早春の候、みなさまにおかれましてはお健やかにお過ごしのことと存じます。
「次世代研究大学」を掲げる立命館大学では、さらなる研究高度化を牽引する制度として2021年にRARAを設立。大学の中核を担う研究者たちを「RARAフェロー」に認定し、世界水準の研究推進と次世代人材の育成に取り組んでいます。
今回のNewsletterでは、総合心理学部の学部長を務めるRARAアソシエイトフェローの矢藤優子教授のインタビューをお届けします。

子どもの発達を、科学の目で支える。胎児期から追跡する「いばらきコホート」
矢藤優子アソシエイトフェローは、大阪大学大学院人間科学研究科で博士号を取得後、パリ第8大学やジョージワシントン大学での客員研究員を経て、2016年より立命館大学総合心理学部教授を務め、2025年4月より学部長に就任。2022年からはRARAアソシエイトフェローとして、少子高齢社会における育児支援システムの構築に取り組んでいます。
研究業績は国内外から高く評価されており、アジア各国で講演を行ったり、シンポジストとして招待されたりしています。2024年にはコロナ禍における母親のQOLを分析した共著論文がAJI Journal優秀論文賞金賞を受賞しています。
矢藤アソシエイトフェローが2017年から取り組む「いばらきコホート」は、大阪府茨木市を舞台に約260名の親子を胎児期から継続的に追跡する縦断研究です。行動観察、質問紙、インタビュー、唾液ホルモン分析を組み合わせた多角的手法で、「子どもの発達に影響を与える社会的・物理的要因は何か」を科学的に実証してきました。大阪いばらきキャンパスを拠点に、タイのチュラロンコン大学や韓国の高麗大学など、アジア各国のトップ大学との国際連携も進めています。
(以下、矢藤アソシエイトフェローの話からライターが構成しました)
「ありのままの姿を観察する」──エソロジーとの出会い
もともと「人間」に興味がありました。でも、心理学だけでは足りない気がして、医学でもないし、と思っていたときに出会ったのが、大阪大学の人間科学部です。当時、医学、実験心理学、臨床心理学、社会学などさまざまな分野の研究者がいて、人間を総合的に研究できる学部は大阪大学の人間科学部しかありませんでした。今の立命館の総合心理学部に近いかもしれません。
そこで出会ったのが「エソロジー(比較行動学)」という分野です。動物を実験室という統制された環境の下で調べるのではなく、生態学的妥当性の高い自然な環境の中で、ありのままの姿を観察して調べる。その研究のやり方にとても惹かれました。研究室ではニホンザルの餌やりやケージの掃除などのお世話をしながら、比較行動学を学びました。
私が興味を持ったのは、同じエソロジーのアプローチで人間を研究すること。特に「養育行動」に惹かれました。養育行動って、多くの動物にとって必須のものですよね。これがうまく機能しないと自分の遺伝子が残らないし、種が絶えてしまう。アタッチメント(乳幼児と養育者間の情緒的な絆・愛着)も、子どもが生き延びるための戦略の一つです。次第に、親子関係を研究したいと思うようになりました。

9年間、260人の親子を追い続けて
いばらきコホートは2017年からスタートし、今年で9年目になります。登録者数は約260名、質問紙に回答してくださる方はそのうち200名前後です。一番大きい子で、もうすぐ8歳になるところですね。
日本では、個人を縦断的に追跡する発達研究が非常に少ないんです。でも、人間って連続的な存在。発達の時間軸を捉えることがとても大事なのです。
一般的な発達研究は「横断研究」といって、いろんな年齢層の人を一度に集めて比較しますが、それだと世代効果、たとえばコロナを経験した人としていない人の違いなどが入ってきてしまうことで、発達の違いかどうかがわからない。やはり同じ個人を縦断的に追跡することで、本当の発達が見えてくるんです。
縦断研究の強みは、因果関係がわかること。たとえば、「生後5カ月でこういう関わりを受けた子が、1歳になってからこうなる」ということがわかる。私たちの研究でも、18 ヵ月齢児とその養育者の気質が、養育者の育児ストレスと 24 ヵ月齢時の子どもの精神的健康に影響を与えていることなどを明らかにしました。
質問紙だけではわからない。多角的アプローチの意味
心理学、特に縦断的な研究では質問紙調査が多いのですが、質問紙だけだとやっぱりわからないものが多いんです。質問紙は自分の主観で答えるものですから、自覚していないストレスは出てこない。「自分はこういうふうに子育てをしています」という申告と、実際の行動観察で見えるものがずれていることもよくあります。
だから私たちは、行動観察、質問紙、インタビュー、そして生理指標を組み合わせています。立命館大学は質的研究がとても発達していて、TEA(複線径路等至性アプローチ)という人の生きざまのトラジェクトリー(軌跡)を分析する手法も、立命館を拠点に発展し、世界中で使われています。
インタビューからは、たとえば「家事の分担」について聞いたとき、「ゴミを出すのは夫です」と答えても、詳しく聞いてみると実際にはゴミを分別してまとめて袋に入れて玄関に置くのは妻、いわゆる「名もなき家事」のようなことが見えてきます。
生理指標としては、唾液からストレスホルモンのコルチゾールと、養育ホルモンとも呼ばれるオキシトシンを調べています。ホルモンを分析することでさまざまな興味深い発見があります。子どもが赤ちゃんの時期にオキシトシンが多く出ているお母さんは、子どもに対して温かく関わる行動が出るといわれています。でも、子どもが幼児期になってもオキシトシン濃度が高い場合、子どもの主体性が低いことがわかっています。つまり、親が「構いすぎ」になってしまっているのかもしれません。
今後は、妊娠期から計測しているコルチゾール・オキシトシンのデータをもとに、胎児期のホルモン環境と生後の子どもの行動特徴との関連などについて探っていく予定です。
おむつ替えは、親子の大切なコミュニケーションの時間──企業とのコラボレーション
研究を続けるうちに、企業の方が興味を持ってくださるようになりました。花王(株)とは2018年から共同研究を行い、私たちがいばらきコホートで手がけているような、行動観察と生理指標と質問紙を組み合わせた手法で、おむつ替えの場面での親子の行動について調べました。

月齢5カ月の乳児は、一日に約8回もおむつを替えます。でも、行動観察の結果、遊びの場面と比べて、おむつ替えの場面では親の発話量が少ないことがわかりました。おむつ替えが親子のかかわりのひとつである、という認識が薄いのかもしれません。
しかし実際には、おむつ替えの場面で親が子どもに対して言葉で多くコミュニケーションを取るほど、子どもの社会性発達の指標が高いことがわかりました。花王(株)のプレスリリース(2020年10月19日)で、この研究成果について「おむつ替えの場面は単に親が子の世話をするというだけでなく、親子のかかわりにとって重要な場面になりうるという新しい視点を与えます」と報告。私もおむつのデザインの監修に関わり、表と裏でストーリーがつながっていて「いないいないばあ」のように遊べるデザインを一緒に開発しました。
別の企業とは、親子の関わりをAIで分析できるようにする研究を進めています。保育施設を運営する企業からも、子どもの発達を総合的に診断して親に情報提供できるようなパッケージを作りたいというご相談をいただいています。
評定はAI、ケアは人間。AIと人間の役割分担
今、AIの進歩はすごいですよね。これまで目視でやっていた評定(アセスメント)を、AIにやってもらえるようになってきました。人間が評定したものとAIが評定したものの一致率が90%以上にまで達しています。人間同士で評定したときと同じくらいの高い精度です。
家庭裁判所では、離婚調停などで親子関係を行動観察することがあるそうです。その際、「どこをどう見ればいいのか」という観点を教えてほしいと、研修の依頼をよくいただきます。保育園や児童相談所でも、「適切な関わりをしていないのではないか」「虐待ではないか」という判断に、客観的な根拠が必要とされています。
「なんとなく気になる関わり」は、行動のレベルで見ないとわかりにくいんです。タイミングよく返事をしていないとか、スマホばかり気にして目が合っていないとか。そういった行動をAIがスクリーニングできれば、早期発見・早期介入につながります。
将来的には、親が自らスマホで親子の関わりを撮影して、その動画を送信すれば「ここをもうちょっとこうしたらいいですよ」とアドバイスがもらえるようなアプリを作りたいと思っています。いわば「自分だけの育児書」がもらえるようなサービスです。一般的な育児本を読んで「自分はどうなんだろう」と悩むより、自分にカスタマイズされた精度の高いアドバイスがもらえたら、より良い親子関係にしていけると思うのです。
ただ、評定や診断はAIにできても、そこからケアしていくのはやはり人間の仕事です。親に対して直接アプローチし、アドバイスしたりサポートしたりするのは、これからも人間がやっていかないといけない。現場の保育士さんは日々の活動で大変ですから、AIが最初のスクリーニングを担うことで、人間が本来のケアに集中できるようになればと思います。
「育児は家族がやるもの?」アジア共通の課題
少子化は日本だけの問題ではなく、今、アジア全体で深刻化しています。韓国の合計特殊出生率は0.75(2024年)と世界最低水準ですし、中国も一人っ子政策の影響が残っていて、子ども一人にお金をかけて教育させる競争が激しくなった結果、「二人、三人産んでいい」と言われても、なかなかできない状態になっています。
東アジアに共通するのは、「育児は家族がやるもの」という前提です。日本でも子育て支援策として育児休業制度が拡充していますが、裏を返せば子育ては家庭がやることという考え方が根強いことを示していると思います。中国では、保育制度があまり充実していないので、祖父母が孫の世話をするのが当たり前になっています。
しかも、アジアはジェンダーギャップ指数が低い。女性の社会参加が推奨される一方で、家事もしないといけないという暗黙の縛りがあります。家事のほとんどを自身で担いながらフルタイムで働いているという状態の人が、日本にも韓国にも中国にもたくさんいます。

でも、子どもってこれからの社会をつくっていく存在ですよね。だから、社会全体で見ていくのが当たり前だという考え方が、もっと広まればいいと思っています。北欧フィンランドの子育て支援制度・施設で、妊娠・出産・子育てに関するあらゆる相談にワンストップで対応する「ネウボラ」のように、子どもをシームレスにフォローし、一家族ごとに一人の保健師が継続して担当していくような制度は、日本やアジアにはまだほとんどありません。
「人との関わりは大事だ」と証明。コロナ禍を乗り越えて
2017年にいばらきコホートを始めて、2020年にコロナ禍が来ました。実験室に人を呼ぶこともできず、対面での行動観察はできなくなった。「これはもう中断か」と思いました。
でも逆に考えたんです。コロナで外出自粛になって困っている親子、困っている家族が増えている。そういう時こそ、研究を続けないといけないんじゃないかと。ウェブ調査はできるし、ビデオカメラを家に送って撮影してもらって送り返してもらうことで行動観察も続けられました。日本心理学会の助成も受けて、茨木市とも一緒にコロナ禍の困りごとやニーズ調査を行いました。
そうすると、コロナ前からずっと取っていたデータがあるので、コロナ前・コロナ中・コロナ後のQOLやストレス、親子関係の変化がわかってきたんです。コロナ調査は「振り返ってどうでしたか」と聞くものが多いのですが、私たちはその時その時に取っていたデータがある。これはとても貴重なデータになりました。このコロナ禍における母親のQOLへの影響を分析した論文は、2024年にAJI Journal優秀論文賞金賞を受賞しています(Kimura, Lian, Sun & Yato, 2024)。
結果として、コロナ禍では社会的QOLの低下が見られました。身体的な健康の質が下がったわけではなく、外出自粛で人と会えない、遊べないという社会的な部分での変化です。やっぱり人との関わりは大事なんだということを、実証的に示すことができました。
アジアから世界へ──「西洋中心」の発達心理学を変える
最近は東アジアだけでなく、タイ、ベトナム、インドネシアなどでも調査を行っています。
心理学には「WEIRD問題」と呼ばれるものがあります。Western(西洋の)、Educated(教育を受けた)、Industrialized(産業化された)、Rich(裕福な)、Democratic(民主的な)──つまり、西洋の中流家庭ばかりを対象にしたデータに偏っているという問題です。
これまで「子どもはこうやって育てたらいい」「こういう関わり方がベスト」という知見は、西洋から来ていました。でも、アジアには家族観や子育ての考え方が違う部分があります。それを踏まえた上で、アジアから発信していきたいと思っています。
たとえば中国では、乳児保育がまだあまり普及していないので、働く両親に代わって祖父母が面倒を見ることが主流になっています。でも、農村部の祖父母の中には、温かい関わりというよりも、「子どもにはとりあえずご飯を食べさせていたらいい」という考え方の人もいます。農村部の高齢の方の中には教育が十分でなく、文字が読めない人もいて質問紙調査の対象になりませんでしたが、そういう方々にも調査をしないと、本当の支援はできません。
私の研究室では、文字が読めない祖父母に対して、研究員が質問紙を一つずつ読みながら調査を行いました。従来、インターネットで調査に答えられる人ばかりが対象になりがちですが、そうではない人たちにこそ調査をしないと、支援が届かないんです。
また、中国では女の子を育てているお母さんと、男の子を育てているお母さんとでは育児ストレスに対して効果的な支援が違うこともわかりました。中国では男の子を産まなければというプレッシャーがまだあります。そういう社会文化的な要因が、母親のQOLや子どもの発達に影響しているということがわかってきました。

RARAだからこそできた若手研究者の育成と学際的連携
立命館では、研究環境をすごくサポートしてくれていると感じています。RARAの制度で若手研究者を一人雇用できるのは、若手を育成しながら自分の研究も加速できる、とても良い制度です。RARAという環境で、若い人が頑張ってくれたからこそ生まれた成果があります。
RARAアソシエイトフェローとしての自覚は常にあります。いろんなものをつなぐ「Nodes(結合点)」として、大学の国際力を強化したり、レピュテーションを高めたりすることを考えながら、研究を進めています。
女性研究者の支援も充実しています。子どもを連れて出張できる海外渡航支援制度があり、子どもを一緒に連れていくことを理解してくれているということ自体が、大きなサポートになっています。
総合大学なので、いろんな分野の先生がいるのも魅力です。RARAフェローの定藤規弘先生とは共同研究の計画を進めています。他のRARAの先生方の研究を見ていて、「面白いな、一緒にできそうだな」と思ったら、共同研究の話を持ち出したり、研究計画を一緒に作ったりしています。
発達研究センターの設立に向けて
今、発達研究センターを設立するという話が、かなり具体的になってきています。タイのチュラロンコン大学、韓国の高麗大学など、アジア各国でトップの大学の先生方とのつながりがあって、アジア全体で設立する準備ができてきました。研究員を海外から受け入れたりもしていて、結構盛り上がってきています。
いばらきコホートの子どもたちがこれから学童期に入っていき、学業成績も指標としてとりいれることができるようになります。幼少期の社会性、いわゆる「非認知能力」と言われるものが、学童期の学業成績や仲間関係とどう関連しているか。これからそういうことが見えてくるのが、とても楽しみです。親だけでなく子どもたち自身へのインタビューもそろそろできるようになりますし、デジタルデバイスとの付き合い方についても調査に入れていく予定です。
最近では、あまり育児とは関係なさそうな会社からも、「育児支援がしたい」「子どもを支援したい」というお話をいただきます。多くの自治体が「子育てしやすい街にしたい」と言っています。あらゆるプレーヤーが社会課題として少子化に向き合おうとしている。これは確実に変わってきたことだと思います。
「失敗しても逃げないで、いつか社会に還そう」若手研究者へのメッセージ
「社会に還す」までが研究だと思っています。社会の流れや課題に敏感になって、グローバルな視点で、課題解決に向けた成果を出してほしいと思います。
ゼミ生にはいつも言っているのですが、たくさんの挑戦をしている限り、失敗もするのは当たり前です。教員は、普段堂々として、多くの業績を上げているように見えますが、実はその裏側ではたくさんの不採択を受けたり、論文のリジェクトを受けたりしているのです。みんな言わないだけで、たくさん失敗している。だから、不採択になったりリジェクトされたりしても、逃げずにそこから学んで次に進み、いつか社会に役立つ研究をしていってほしいと思います。

RARA Newsletterでは、RARAの最新情報やインタビューなどを月1回程度お届けしています。
RARA Newsletterへの登録はこちらから。
今後も様々な形でRARAやRARAフェロー・アソシエイトフェローの取り組みを発信していきます。
年度末の忙しい時期かと存じます。どうかお体にお気をつけてお過ごしください。また次回のNewsletterでお会いしましょう。RARA Newsletterに対するご意見・ご感想はこちらまで。