中川 毅
RARAフェロー
地質年代の「世界標準ものさし」の品質向上と、
気候変動の履歴の復元 —水月湖年縞に含まれる
花粉の化石の同位体比測定—
SCROLL
1992年京都大学理学部卒業、1994年同大学大学院理学研究科修士課程修了、1998年エクス・マルセイユ第三大学(フランス)博士課程修了。Docteur en Sciences(理学博士)。
国際日本文化研究センター助手、ニューカッスル大学(イギリス)教授等を経て、2014年より立命館大学 古気候学研究センター長(現職)。
2013年、リーダーを務めた「水月湖年縞プロジェクト」の成果が、放射性炭素年代測定法の較正曲線「IntCal13」に採用。
2017年、『人類と気候の10万年史』で第33回講談社科学出版賞を受賞。
年代の標準ものさし『年縞』で読み解く、気候変動5万年史
あらゆる計量には「標準ものさし」が存在します。地質学者が過去5万年の時間を測定する際には、水月湖の底にたまる薄い地層「年縞」が、世界標準ものさしとして使われています。ものさしの品質向上は世界的に頭打ちになっていましたが、このプロジェクトは新技術によってその壁を突破し、ものさしの精度と使い勝手を劇的に向上させます。また同じ技術を過去の気候変動の復元にも応用、過去5万年の気候の歴史を描き出します。
計量の基準を設定する仕事は、大きな波及効果を持ちます。メートル原器は、文明と産業全体を革新しました。もっと近代的で精密な測定技術は、物理学の限界を押し広げ、宇宙に対する認識を深めることにまで貢献しています。
同じことが、地質学的な時間についても言えます。正確な年代測定は、地質学と考古学全体を変革し、地球と人類に対する私たち自身の認識まで変えてしまう力を持ちます。そのような研究に、自分も貢献できたら嬉しいだろうと思いました。
「標準ものさし」を作ろうとする仕事ですから、私たちが妥協をすれば、そのことの影響は地質学と考古学の全体に及びます(メートル原器が不正確だったような場合を想像してみてください)。反対に、妥協なく作り込まれたデータセットは、安心して利用してもらえるだけでなく、人の心に響き、自分たち自身にも深い達成感を与えます。自分の仕事を振り返ったときに幸せを感じられる、そのようなデータを残すことを目指します。
水月湖の年縞は、すでに掘削によって採取したものがあるので、それをひたすら、ひたすら、ひたすら処理して、花粉の化石を抽出します。抽出した花粉の化石を、東京大学の加速器と、本プロジェクトで導入する予定の質量分析装置で、同じくひたすら分析します。次回の「年代の標準ものさし」の改訂は2026年ごろと予想されているので、それまでにまとまったデータを報告することを目指します。
過去5万年の時間にかかわるすべての分野、すなわち地質学や考古学、人類学に対して、本研究は直接的に貢献することができます。また過去の気候変動の正確なタイミングを知ることで、気候変動のメカニズムに迫り、気候の将来予測にまで貢献できる可能性があります。私たち人類がどのような環境の中で、どのようなプロセスを経て今のような世界を作ってきたのかについて、理解が飛躍的に深まることを期待しています。
―― パートナーシップについて
水月湖の年縞には、世界最高精度の年代目盛りが与えられています。これを利用して、もっと他の分析をしてくれる人たちとの協働を期待します。現在たとえば、年縞に含まれている火山灰を探すことで噴火のタイミングや規模を復元する研究や、ある種の有機物を分析することで降水量の復元をする研究を、国際的なパートナーと共同で推進しています。私たちが想像もしない分析を提案してくれるグループも大歓迎です。
―― 研究連携で大切にしていること
成果を急がないパートナー、究極のデータを出すことに意義を見出すパートナーが好きです。
学説の寿命は驚くほど短い場合が多いですが、徹底的かつ網羅的に取られたデータは、半永久的な命を持ちます。本当に意義のある、既存の見解を単に補強するのではない発見は、徹底的なデータ生産の副産物として、思いがけない所からもたらされます。その感覚を共有できる人とは、持続的なパートナーシップを組むことができている気がします。